東京高等裁判所 平成11年(ラ)1784号 決定 1999年9月07日
抗告人(相手方)
岡谷鋼機株式会社
右代表者代表取締役
山下弘
右代理人弁護士
栗宇一樹
同
飯田秀郷
同
和田聖仁
同
早稲本和徳
同
久保田伸
同
秋野卓生
同
七字賢彦
相手方(申立人)
株式会社ダイエーディスポウズ
右代表者代表取締役
笹野義春
右代理人弁護士
石田新一
主文
一 本件抗告を棄却する。
二 抗告費用は、抗告人の負担とする。
理由
第一 抗告の趣旨
一 原決定を取り消す。
二 相手方の移送申立を却下する。
第二 事案の概要
本件は、抗告人が相手方を被告として提起した東京地方裁判所平成一一年(ワ)第一〇〇六三号譲受債権請求事件(以下「本案事件」という。)について、相手方が、本案事件を管轄する裁判所は、東京地方裁判所ではなく、相手方の本店所在地を管轄する名古屋地方裁判所である旨主張して、本案事件を名古屋地方裁判所に移送するよう求めたところ、原決定が右移送申立を認容したので、抗告人が抗告した事案である。
一 前提となる事実
1 本案事件の概要は、抗告人が、平成一〇年一二月一日、株式会社現代建設(以下「現代建設」という。)に対し、アロン化成株式会社製の電線共同溝[電力・通信ケーブル用]保護管を、代金一九四一万六三一三円で売却し、平成一一年二月二五日現在で、売買残代金一五七四万一六五六円を有していたところ、同年三月三日、現代建設から、右売買残代金の支払に代えて、現代建設が相手方に対して有する請負代金債権一四八八万三七五〇円(以下「本件請負代金債権」という。)の譲渡をうけ、現代建設から相手方に対しその旨の債権譲渡の通知がされた旨主張し、相手方に対し、本件請負代金債権一四八八万三七五〇円の支払を求めたというものである(本案事件の訴状)。
2 相手方は、平成一〇年一〇月末頃、東京都財務局から請け負った電線共同溝設置工事(工事施工場所・大田区南蒲田<番地略>地内の環状八号線。以下「本件工事」という。)を、現代建設に下請けさせたものであり、抗告人が主張する本件請負代金債権は、右電線共同溝設置工事にかかる下請負代金債権である(以下、右下請工事にかかる請負契約を「本件請負契約」という。本案事件甲一二、乙一、二、相手方提出の資料一〔伊藤良二作成の平成一一年七月一四日付け証明書〕)。
抗告人の現代建設に対する前記売買代金債権は、右下請工事に使用する電線共同溝[電力・通信ケーブル用]保護管の売買にかかるものであり、抗告人の東京支店が取り引きしたものである(本案事件甲五ないし八)。
3 抗告人の本店所在地は、名古屋市中区であり、東京都千代田区に東京支店が存在する(本案事件甲一)。
相手方の本店所在地は、名古屋市中村区であり、東京都大田区に東京支店が存在する(本案事件甲二、三の1、2)。
現代建設の本店所在地は、東京都江東区である(本案事件甲四)。
二 主たる争点
1 本件請負契約締結の当事者
(一) 相手方の主張
(1) 本件請負契約は、相手方の本店が現代建設との間で締結したものである。
(2) 相手方の東京支店は、東京都から本件工事を受注する際、名目上関与しただけであり、本件請負契約の締結には何ら関与していない。
(二) 抗告人の主張
本件工事は、相手方の東京支店が、東京都から請け負い、これを現代建設に下請けさせたものである。
2 本件請負代金債権の義務履行地
(一) 相手方の主張
(1) 相手方と現代建設は、本件請負契約の工事代金を相手方の本店において支払う旨合意しており、相手方は、右合意に従い、現代建設に対し、請負代金の三分の二を、相手方の本店で、支払場所を住友銀行名古屋駅前支店とする相手方振出しの約束手形を現代建設の担当者に交付して支払い、その余については、便宜上、日興信用金庫深川支店の現代建設の口座に振り込んで支払っていた。
(2) なお、仮に、右銀行振込の点を捉えて、東京都で債務の支払がされていると考えても、三分の二については相手方の本店で支払われているのであるから、主たる義務履行地は名古屋市であり、管轄裁判所は、主たる義務履行地である名古屋市を管轄する名古屋地方裁判所である。
(二) 抗告人の主張
(1) 相手方と現代建設との間で締結された本件請負契約の請負代金支払に関する義務履行地は、現代建設の本店が所在する東京都であり、したがって、本件請負代金債権の譲渡を受けた抗告人との関係でも、抗告人の東京支店が義務履行地となる。
(2) 相手方の主張によっても、相手方は、本件請負契約の請負代金のうち三分の一を日興信用金庫深川支店の現代建設の口座に振り込んで支払っていたというのであるから、本件請負契約の請負代金支払に関する義務履行地は現代建設の本店所在地である東京都である。
(3) 相手方は、請負代金のうち三分の二を約束手形により支払っていたというが、約束手形は、支払の担保のため交付されるのであるから、これにより、原因債権たる本件請負契約にかかる請負代金債権の義務履行地が変更されることはなく、持参払いの原則に従い、その義務履行地は現代建設の本店所在地である東京都である。
第三 当裁判所の判断
一 争点1(本件請負契約締結の当事者)について
1 本件請負契約に関しては、現代建設から相手方に交付された平成一〇年一〇月三〇日付け注文請書が存在するが、その宛先は、「名古屋市中村区稲西町<番地略>株式会社ダイエーディスポウズ」となっており、相手方の東京支店が宛先とされていないこと(本案事件乙一)、本件請負契約に関し、現代建設から相手方の本店に対し請求書が送付されていること(相手方提出の資料三の2、3。いずれも請求書在中の封筒)、本件請負契約にかかる代金について、相手方から、日興信用金庫深川支店の現代建設の口座に振込がされているが、その際の振込元の銀行は、住友銀行名古屋駅前支店であり、相手方の本店において振込手続をしていることが明らかであること(本件事件乙二の2)、現代建設の営業部長伊藤良二が、本件請負契約は、現代建設の伊藤良二と相手方の本店に勤務する笹野義春との間で交渉がされた結果締結されたものであり、本件請負契約の締結に相手方の東京支店が関与したことはない旨陳述していること(相手方提出の資料一)を考慮すると、本件請負契約は、相手方の本店と現代建設との間で締結されたものであり、相手方の東京支店は関与しなかったと認められる。
2 抗告人は、相手方の東京支店が、本件工事を東京都から受注したのであるから、現代建設との本件請負契約も相手方の東京支店が締結したと認められる旨主張するが、必ずしも、相手方の東京支店が東京都から本件工事を受注したからといって、これを下請けに出す場合に相手方の本店が関与できないというものではない上、右1で認定した事実によれば、現代建設との間で交渉をし、本件請負契約を締結し、代金の授受等をしていたのは相手方の本店であると認められるから、相手方の東京支店が、本件工事を東京都から受注したことをもって、本件請負契約も相手方の東京支店が現代建設との間で締結したと認めることはできない。したがって、抗告人の右主張は採用できない。
また、抗告人は、伊藤良二の陳述(相手方提出の資料一)は、現代建設と相手方とが下請と元請という関係にあるので、相手方に迎合して陳述している可能性があり、信用できない旨主張するが、現代建設は既に倒産しているのであって(本案事件の記録上明らかである)、伊藤良二が下請と元請という関係を配慮して相手方に有利な陳述をしたと認めることはできない。
3 右1の事実によれば、本件請負契約は、相手方の本店の業務に関するものであり、相手方の東京支店の業務に関するものではないから、民事訴訟法五条五号により東京地方裁判所に管轄があるということはできず、相手方の本店の所在地を管轄する名古屋地方裁判所に管轄があるというべきである。
二 争点2(本件請負代金債権の義務履行地)について
1 相手方と現代建設は、本件請負契約締結の際、請負代金を、相手方の本店において、取立払いの方法で支払うことを合意し、右合意に従い、現代建設が、相手方の本店に請求書を送付した上、現代建設の担当者が相手方の本店へ集金に行き、相手方振出しの約束手形の交付を受けて請負代金の三分の二を受領していたこと、その余については、相手方が日興信用金庫深川支店の現代建設の口座に振り込んで支払っていたことが認められる(本案事件の甲六、乙二の2、相手方提出の資料一、二〔相手方代表者作成の平成一一年七月一四日付け(株)「現代建設との下請契約について」と題する書面〕、同資料三の2、3、同資料四〔右のうち約束手形の耳の部分〕)。
そうすると、本件請負代金債権の義務履行地は、相手方の本店が所在する名古屋市であると認められる。
2 抗告人は、相手方が、本件請負契約の請負代金のうち三分の一を日興信用金庫深川支店の現代建設の口座に振り込んで支払っていたから、本件請負契約の請負代金支払に関する義務履行地は現代建設の本店所在地である東京都である旨主張する。しかし、相手方と現代建設との間では、本件請負契約にかかる請負代金の支払については、これを取立払いにする旨の合意がされていたのであり、右のような銀行振込は、相手方が、現代建設の取立の手間を省くためサービスとして行っていたと認められる上、銀行振込は全体の三分の一にすぎないことを考慮すると、右銀行振込の事実をもって、取立払いの合意が持参払いに変更されたと認めることはできない。したがって、抗告人の右主張は採用できない。
相手方は、約束手形は、支払の担保のため交付されるのであるから、これにより、原因債権たる本件請負契約にかかる請負代金債権の義務履行地が変更されることはなく、持参払いの原則に従い、その義務履行地は現代建設の本店所在地である東京都である旨主張するが、右1で認定したとおり、相手方と現代建設との間で、約束手形債権の原因債権である請負代金債権自体について、取立払いの合意がされていることが明らかであるから、抗告人の右主張は採用することができない。
3 右1の事実によれば、義務履行地の観点からも、本案事件の管轄裁判所は、名古屋地方裁判所であると認められる。
三 よって、相手方の移送申立を認容した原決定は正当であり、本件抗告は理由がないから棄却することとし、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官・塩崎勤、裁判官・小林正、裁判官・萩原秀紀)